魔羅太郎と黒光りZの旅#40

こんにちは!魔羅太郎です!

元は「皇居内」に祀られていた「伊勢の神」。
当時の「崇神天皇」は、その強大な神威を恐れ、自らの皇女に背負わせて、皇居から追い出します。

「伊勢の神」は天皇2代、30年に渡って鎮座地を求めてさまよった後に「伊勢の地」に落ち着くことになります。

『式年遷宮』。20年に一度行われる、本殿建て替えです。前回は550億円の費用を要したと言われています。

 

そして、明治政府が天皇を最高権威として利用するまで、天皇家からは長らく参拝されることも無く、
一方では「式年遷宮」など「鎮め」の行事は続けています。

『弓削道教(ゆげのどうきょう)』。イケメンのお坊さんです。

 

奈良時代に「弓削道教(ゆげのどうきょう)」という僧侶が、「宇佐八幡(うさはちまん)」の神託を受けて
「天皇」になろうとする事件がありました。いわゆる「宇佐八幡神託事件」です。

「宇佐八幡」に「和気清麻呂(わけのきよまろ)」を派遣して、神に真意を量ったところ、
結局、「道教」は天皇になれなかったという顛末です。

『和気清麻呂(わけのきよまろ)』。

 

天皇家の血脈が絶たれようという一大事に、「皇祖神」である「伊勢神宮」は全く出てきません。
「宇佐八幡」の主祭神は「八幡神」「比売神」「神功皇后」です。

「八幡神」=「応神天皇」、「比売神」は「宗像三女神」、「神功皇后」は「応神天皇の母」です。

宇佐八幡宮。秦氏(はたし)によって全国に広められた『八幡社』の本社。

 

「応神天皇」は15代天皇とされていますが、初代、「神武」「崇神」「応神」を同一人物とする説が濃厚です。

初代天皇という意味では、「八幡神」も「皇祖神」と呼べるかもしれませんが、社格では「伊勢神宮」がまさに「皇祖神」なわけです。
なのになぜか天皇家の一大事に「伊勢神宮」は全く登場しません。

「伊勢の神」の正体は誰なんでしょうか?「皇祖神アマテラス」とは何者でしょう?こういう経緯があると、単純に気になります。

つづきますっ!

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