魔羅太郎と黒光りZの旅#41

こんにちは!魔羅太郎です!

現在の伊勢神宮の地に「伊勢の神」が落ち着くまでの30年間、逗留した地を「元伊勢」と呼びます。

この「元伊勢」のなかでも「籠神社(このじんしゃ)」は有名です。前にもお話しました。

丹後一宮『籠神社』

 

伊勢の「内宮」「外宮」ともに勧請しているのは「籠神社」だけです。まさに「元伊勢」です。丹後の一宮で、
格式のある神社です。宮司の「海部氏」の家系図は天皇家と同等に古く、国宝指定です。

では「籠神社」の主祭神は誰なんでしょう。

「主祭神」は「天火明命(あめのほあかり)」または「天照国照彦天火明(あまてるくにてるひこあめのほあかり)」です。
これは「饒速日(ニギハヤヒ)」の名前です。海部氏の祖先も「天火明命」です。子孫が祖先を祀るのが、格式ある神社の歴史です。

『海部氏家系図』

 

相殿に伊勢の「外宮」で祀られる「豊受大神(とようけ)」と伊勢「内宮」の「天照大神」。「饒速日」は伊勢の「外宮」と「内宮」を両手に鎮座するわけです。
この場合、神社のルールでは、主祭神とともに祀られる神々は、主祭神の別名か、極めて関係が深い、親族かパートナーです。

籠神社・奥宮『眞名井神社』。主祭神は伊勢『外宮』の祭神、『豊受大神』。

『千木(ちぎ)』が外削ぎということは、祭神は『男性神』ということです。

「饒速日」は正式名称の中に「天照」と号されていますし、元伊勢の主祭神なので、「伊勢神宮」の祭神ではないかと推察されます。

「饒速日」は「スサノオ」の息子なので、「出雲系」の人物です。「物部氏(もののべし)」の祖神です。宮司の海部氏も物部氏の一族ですので、これも間違いありません。

九州の高千穂に降り立った「天孫」が「天皇家」の祖先です。「古事記、日本書紀」では「アマテラス」の子孫です。
だから、「アマテラス」を祀る「伊勢神宮」が「高祖皇大神宮」なんですもんね。

しかし、元伊勢でみると「出雲系」の「饒速日」。皇室、ヤマトから遠ざけ、皇室の一大事にも一切登場しません。

「天孫族」=「日向族」であると「古事記、日本書紀」にある「アマテラス」=「伊勢の神」が実は、「天孫族」に「国譲り」をした「出雲神」だったとは、いったいどういうことでしょうか?

この答えは、一説として「古事記、日本書紀」の完成に合わせて、当時天皇だった「持統天皇(じとう)」が女性天皇の正当性をアピールするために
「伊勢の神」を「アマテラス」という「女性神」にすり替えてしまったと言われています。宰相であり、「古事記、日本書紀」の編纂責任者だった「藤原不比等(ふひと)」
と作り上げた「皇祖神」だったんです。

持統天皇『春過ぎて夏きにけらし白妙の 衣ほすてふ天の香久山』、百人一首の有名な句。

 

神話では「アマテラス」が「孫」の「瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)」を「天孫」として地上に下ろしますが、「持統天皇」も息子、
「草壁皇子(くさかべのみこ)」は短命だったため「孫」の「文武天皇(もんむ)」が即位するまで、天皇を続けたんです。

この正当性を担保するために「神話」=歴史が改ざんされた疑いがあります。
「アマテラス」と「天孫ニニギ」、「持統天皇」と「孫の文武天皇」は同じ図式です。

天孫降臨。天照の孫、瓊瓊杵尊(ににぎ)。

 

この時期は律令制の導入など、日本が国家としての基盤を作る時期でもありました。地方の有力豪族から土地を召し上げて、抑え込むには、
このようなことも必要であったのかもしれません。天皇の神に担保された絶対権力という共同幻想をつくるために。

ヤマトの大王であった「饒速日」の娘に婿入りする形で「祭祀王」の地位を得た「天皇家」が、日本国を再編する際にそれまでの「建国」の功績を自分のものにしてしまいました。

その結果が、歴史の改ざんであり、「皇祖神」の矛盾だったわけです。
ひとつの「仮説」ですが。

前回、天皇になろうとした僧侶、「弓削道教(ゆげのどうきょう)」は「饒速日」の子孫である「弓削物部氏」だったので、
本来、自分も天皇になる資格はあると思っていたかもしれません。

なんか、ややこしくなってきましたが、人間の世界ですから、家族が可愛い、既得権益を守りたい。色々あります。

次回は「スサノオ」の時代にもどり、魔羅太郎的、真の日本の歴史に踏み込んでいきます。

皆さん、良いお年を!

 

来年も、つづきますっ!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください