魔羅太郎と黒光りZの旅 #66

こんにちは!魔羅太郎です!

 

前回までは、海底火山の大噴火(これは歴史的に実証されています)や、海面上昇などの大規模環境変化から逃れるように、
ユーラシア大陸や、アメリカ大陸に渡った縄文人がいたかもというお話でした。
では、その後です。

火山噴火イメージ

 

③メソポタミア地方に移住した、縄文人がスメル人(シュメール人)になった。のかは分かりませんが、
スメル文明の発生は年代的に合致します。日本各地に残る「ペトログリフ」と「スメル古拙文字」の一致。
スメル文明は、メソポタミア一帯にあった民族の中で、唯一「膠着語」と呼ばれる言語形態を持っていますが、
日本語も「膠着語」で、現代世界的にも膠着語は「日本語」「モンゴル語」「トルコ語」だけです。

日本のペトログリフ

 

周囲に共通な言語形態がないことからも、スメル文明は突然現れたとされています。
政治、農業、法律、天文学、医学など従来、漸次的に発達していくべき文化文明が突如として現れたことは、歴史上いまだ謎とされています。
※「膠着語」とは語尾が緩く繋がる文法的特性です。「たべ・さセ・らレ・た」など、
分かりにく方はググッてください。

シュメールJ人、アラム人、エラム人は兄弟のような民族。

 

④シュメール文明の中に「エラム王国」があります。「エラム」は古代バビロニア語で「東方」を意味しています。
「エラム人」は「東方から来たもの」であり、首都は「スサ」。
「エラム王国」の王は「スサの王」であり、「スサノオ」との関係が示唆されます。
正統竹内文書のなかでは、アマテラスは祭司王として、スサノオは統治王としてメソポタミアで王国を築いていたといいます。
「スサ」に都を置いた「エラム人」と隣国「イシ(イシン)」の「アムル人(amorite、アマ人)」が「アマテラス」を祖神とする一族かもしれません。

アッシリアに侵略されて、難を逃れた人々が東へ逃げ延びて、中央アジア、インド北部、東アジアと国を建てながら移動していきます。
言葉と文化の遷移から、分かることです。文化が伝わったのではなく、人が移動したと考えるのが、当時としては現実的といえます。
「アムル人」「エラム人」は兄弟部族で、メソポタミアに残ったこれらの人々が「エジプト在住」を経て、のちに「ユダヤ人」と呼ばれる民族になっていきます。
「日ユ同租論」などが有名ですが、時代をわけて、後に「ユダヤ人」と呼ばれる民族が何度も日本に渡来してきているので、
「ユダヤ人」の元民族と「大和民族」の元民族が兄弟関係にあると考えた方が現実的ではないかと思います。

 

つづきますっ!

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