「スカイブルーのマフラー」

冬の街は、白い息と温かいコートをまとった人々で溢れていた。冷え切った空気が頬に刺さり、澄んだ青空にスカイブルーのマフラーが鮮やかに浮かぶ。

そんな景色を目にした瞬間、信哉は心の奥底で忘れたはずの記憶が疼き始めた。

そのマフラーは、かつて彼が真奈美にプレゼントしたものだった。

付き合い始めた冬、彼女が寒がりだと言ったのを思い出して、悩んだ末に選んだものだ。彼女がそれを巻いて微笑んでいた顔は、信哉の中で永遠に色褪せない。

信哉はスカイブルーのマフラーを巻いた人物に歩み寄った。しかし、振り返ったのは全く知らない女性だった。彼は咄嗟に目をそらし、気まずさを隠すようにうつむいた。

「すみません、知り合いかと思って…」

女性は少し驚いた顔をしたが、「いえ、気にしないでください」と微笑み、その場を去った。その瞬間、信哉は自分がまだ真奈美の幻影を追い続けていることに気付いた。


真奈美が部屋を出て行ってから二度目の冬だった。信哉はあの日、自分から「もう無理だ」と告げた。互いに疲れ果てて、愛し合うよりも傷つけ合う時間が増えていたからだ。

しかし、彼女が最後に「もう平気よ」と微笑んだ姿を思い出すたびに、信哉は後悔を抱えていた。その笑顔の奥に隠れた涙を、見抜いていたはずなのに。


街を歩き続けるうちに、信哉は自分の足が無意識にかつての二人の思い出の場所へ向かっていることに気づいた。

あのカフェ。あの並木道。そして、あの時計台。冬の夕暮れは早い。雪がちらつき始めた中、彼はふと立ち止まり、深い息をついた。

「信哉?」

振り返ると、そこには真奈美が立っていた。彼女は少し驚いた顔をしていたが、すぐに小さな微笑みを浮かべた。その首には、あのスカイブルーのマフラーが巻かれている。

「……久しぶりだね」

「そうだね」

短い会話の後、二人はしばらく黙っていた。言いたいことは山ほどあったが、何から話せばいいのか分からなかった。そして、信哉が絞り出すように言った。

「そのマフラー、まだ持っていてくれたんだね」

「うん。寒い冬にはこれが一番暖かいから」

真奈美の言葉に、信哉の胸にわだかまっていたものが少しだけ溶けていくようだった。過ぎ去った日々はもう取り戻せない。

それでも、彼女がそのマフラーを巻いていることが、かすかな希望を灯してくれる気がした。

「もし良かったら……少し歩かない?」

真奈美は少し考えた後、小さくうなずいた。二人は雪の降り積もる道を歩き出す。過去の痛みを抱えながらも、未来に続く新たな足跡を刻むように。

信哉の心の中には、もう一度誰かを愛せるかもしれないという予感が芽生えていた。それが真奈美であるかどうかは分からない。ただ、一瞬の熱い感情が、冬の冷たさを和らげてくれた。

そして、街のざわめきの中で二人の影は重なり、静かに雪に包まれていった。


 

 

With gratitude

レフトニップル

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